メゾンルーバスのデザイナー小林夕希子さんのこと。
石を愛おしみつくるMAISON RUBUS.(メゾンルーバス)のジュエリー。
「なんだか穴をあけるのは申しわけないような気がして」と微笑んだメゾンルーバスのデザイナー小林夕希子さん。それは、大きなハーキマー・クォーツに、穴をあけずに巻き込む金具のデザインについて尋ねたときでした。
ハーキマーダイヤモンドとも呼ばれるアメリカ・ハーキマー産のクォーツ(水晶)は、数千年とも数億年とも言われる長い年月をかけて、大地の中で自然に結晶が形作られた水晶のことです。自然がつくり出した作品とも言える結晶に穴をあけるのは忍びないと、夕希子さんは言います。同様に、自然な形をもとにカットを施したサファイヤは、レース状の金で囲うように石を固定するデザインが施されています。メゾンルーバスのジュエリーはみな、そんな光り輝く石への思いをいっぱいまとってできています。
「手のひらにすっぽり隠れてしまう小さな存在。けれど一つひとつの石はみな、気が遠くなるほどの時を超えて生まれた唯一無二の美です」という夕希子さんは、自然と時間がつくり出した美に向き合い、天然の美しさを最大に引き出すデザインを考えます。
デザインのベースは、さまざまなアンティークに見られるような、手仕事だからこそ生まれる高い技術だからこそできる表現や繊細でどこかクラッシックなもの。そこに今の時代の新しさと夕希子さんの持っている感性が加わり、すべてが調和して時を超えるデザインが生まれます。
なかでもいちばん気をつかっているのは金具。すべてオリジナルのデザインです。どのデザインを見ても少しマットな風合いでどこかクラシカルな印象、レディメイドのアクセサリーとも、ハイブランドジュエリーともまったく違う独特の世界観を持っています。チェーンもまた選び抜かれたデザインのもので、小さな世界の細部まですべてに妥協をせずに、メゾンルーバスらしさのあるデザインと素材と手法をえらんでいるのです。
先日『fluffy & tenderly』にお越しいただいたときも、いくつものアンティークボタンや手芸用品にまぎれて置かれていたアンティーク糸を手に取ってじっと見つめるなり「これをください」とにっこり。色や光沢、質感と風合いなど微妙なニュアンスを、確固たる選択眼を持って探ている夕希子さん。これぞという素材と出会ったときはチャンスを逃がさず手に入れます。
その姿勢は、石を探すときも同じ。「気持ちや感覚を大切に、色や存在感を広げ過ぎず、その時の自分が表現したいものに一度焦点を絞り込んでから、フラットな気持ちで、美しい石をさがしています」。たまたま街のショーウィンドーで見かけた石があまりに素晴らしいのでお店の人に声をかけたところから、信頼の置ける天然石の買付け人に出会ったこともあると言います。
ルーバスとは小さいながらも樹木であり、美しい花の影に棘を持つキイチゴの名前。
夕希子さんは長い間、大手の会社でディスプレイなどの仕事をしていました。会社では、大きなショーウィンドーや店舗の飾り付けの仕事を楽しんでいたと言います。そんなある日、庭園美術館で開催されたティファニーの回顧展に出かけたところ、そこで目にしたジュエリーたちに惹き付けられ、次第に小さくて繊細なものに心惹かれるようになっていったのだと言います。
しばらくしてジュエリーをつくりたいと思い始めた夕希子さんは、ジュエリーの洋彫り職人さんを訪ねて机の隅っこで技術を教えてもらうことを始めました。仕事を続けながら毎週通い続けてコツコツと技術を学ぶこと2年半、ジュエリーづくりの流れがようやくわかってきました。もっとジュエリーを知りたい、自分だけのジュエリーをつくりたい、と思った夕希子さんは、オリジナル・ブランドをスタートすることを心に決めたのでした。
ティファニーの回顧展に出ていたような20〜30年代のジュエリーがとくに好きだった夕希子さんは、仕事で買い付けのたびに訪れたヨーロッパで自然にアンティークに触れる機会を多く得ました。その際に、アンティークビーズなどのアクセサリーパーツを集めながら、さまざまなアンティーク・ジュエリーを見ていく中で、つくりたいジュエリー・デザインのイメージが固まりました。それは20〜30年代を生きた女性を支えたファッションを、そのスピリッツも一緒に、ていねいで繊細なモティーフや細工を、現代のセンスでつくることでした。
そして独立後、2007年『MAISON RUBUS.』を立ち上げました。「RUBUSは、植物学上のバラ科キイチゴ属の属称です。ギリシャ神話にも記録が残るキイチゴは、小さいながらも立派な樹木であり、鋭い棘を持ち、美しい花を咲かせ実を結びます。その存在感が好きで名前をそこから付けました」。ただ可憐なだけではない、小さいながら鋭い棘を持ち、自分を信じて凛と生きる女性のお守りになるようなジュエリーをつくりたい、という夕希子さんの思いがこもった作品には、甘いだけではない毅然とした輝きが宿っています。
「今年で10周年なので、できるだけ各地に出かけ、たくさんの方に直接お会いできる機会があればうれしいと思っています。秋にはサロンで10周年のイベントも予定しています」という夕希子さんが芦屋で展示会を開催するのは今回が初めて。多くの方とじっくり話せる時間を持っていただきたいと思っています。